2010年3月30日火曜日

「熊本で聞いたチョッといい話」(ヨハネ20:30-31; 21:25)3月14日説教

ヨハネ福音書も20章と21章の終わりで、著者が強調していることがある。それはイエスが行われたしるしが世界に収め切れないほどあるということである。実際イエスのわざは1世紀前半だけに限られてはいない。イエスは今も生きて働いておられるのであり、そのことを熊本においても見出すことができる。熊本での在任5年において、私は「チョッとイイ話」をたくさん知ることになった。
 例えば小笠原玄也と妻みやの殉教の話。熊本洋学校生徒たちの花岡山での結盟。ハンセン病患者のために尽くした女性宣教師リデルとライト。救命ボートに乗る順番を他の乗船客に「どうぞ、お先に」と譲り続けた弘津正二。香港の捕虜収容所で命がけの人道的行動を取った渡辺潔牧師。最近では「こうのとりのゆりかご」や「いのちの電話」の働き。また、「チョッといい話」は私たちの教会の召天者たちの生涯にもはっきりと見出すことができる。私たちが残す生涯も、イエス・キリストの姿を少しでも映し出すことになるようでありたい。    山下慶親牧師

「互いに重荷を担いなさい」(マタイ11:28-30; ガラテヤ6:1-10)2月28日説教

「マタイ」と「ガラテヤ」の3ヵ所に書かれた「重荷」という言葉から気づかされることがある。それは重荷に対処する仕方について、3つのレベルがあるということである。
 第1のレベルはマタイ11:28で、イエスは「重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい」と言う。私たちはイエスのもとに行くことで重荷が軽くされる。第2のレベルはガラテヤ6:2で、パウロは「互いに重荷を担いなさい」と書いている。重荷は互いに担い合うことで軽く感じられるようになる。第3のレベルは、ガラテヤ6:5の「めいめいが、自分の重荷を担うべきです」という言葉である。自分でしか担えない重荷があり、しっかりと「自分の十字架を背負って」(マタイ16:24)生きていくことが大事である。
 「重荷」に関して第4の最高レベルがある。黒人霊歌は、「重荷を降ろしてください、主よ。私は重荷を降ろしましたから」と歌う。イエスの重荷(十字架)に心を配る優しさが現れ出ている。受難節の時、自分たちの重荷を担い直したい。              山下慶親牧師

「誇る者は主を誇れ」(士師記7:2-7; Ⅰコリント1:26-31)2月21日説教

 日本が日露戦争に勝利したのは1905年。しかし40年後、日本は第二次大戦で敗北し多くの犠牲者を出した。その敗戦から40年、経済成長を遂げた日本はバブル景気に浮かれたが、バブルははじけた。草葉町教会は戦後4年目、空襲で焼けた会堂をやっと再建した。戦後の経済成長に並行して教勢は伸び、1989年(バブル崩壊前年)絶頂期を迎えた教会は立派な現会堂を建設した。そして間もなく、教会内には深刻な諸問題が生じることとなった。西独元大統領ヴァイツゼッカーは戦後40年目の1985年、「荒れ野の40年」という演説で「40年の歳月」が人間の意識に重大な影響を及ぼすことを述べた。確かにそうなのかもしれない。
 ギデオンが登場する前後にも「40年」が出てくる。40年の中で民の心には奢りが生じるのである。神がギデオンに300人の少数兵力で戦わせたのは民の心がおごらないようにするためであった。私たちは教会として謙虚な歩みをしていきたい。誇るのは自分たちではなく、十字架にかかられた「主を誇り」として。 山下慶親牧師

2010年2月18日木曜日

「歴史の主に信頼する」(申命記34:1-12; マタイ28:16-20)2月14日説教

歴史の主に信頼する」 山下慶親牧師
 (申命記34:1-12; マタイ28:16-20)
 申命記とマタイ福音書の最終章は山上の場面である。モーセはピスガ山頂から「約束の土地」を見ながら命を終え、指導者はヨシュアに移った。イエスの弟子たちはガリラヤの山上で、復活の主から全世界に宣教する使命を託された。ヨシュアもイエスの弟子たちも、前途には困難や試練があった。しかし自分たちの使命を担って前進していった。
 キング牧師は奴隷解放宣言からちょうど百年後、「私には夢がある」という演説を行い、人種差別が続いている現実が変革されることを訴えた。私たちには、歴史の主に信頼しながら、百年、二百年後を見つめて担っていかなければならない使命や課題がある。 134年前、熊本洋学校の生徒たちは花岡山に登り、35名が奉教趣意書に署名した。キリスト教を伝えていく決意をした彼らの前途にも試練や困難があった。草葉町教会は熊本バンドを継承している。神が100年後、200年後に約束してくださっていることを確信し、使命を共に担っていく者たちでありたい。 山下慶親牧師

2010年2月9日火曜日

「隣人の範囲」  (ルカによる福音書10:25-37)2月8日説教

先月の北国新聞に心暖まる記事があった。雪で動かない列車を降りて、ヒッチハイクで石川県輪島の航空高校受験に向かった女子中学生親子の話である。親切なトラック運転手が親子を乗せ、金沢に向かうのを変更して、受験開始に間に合うように送り届けたというのである。私たちキリスト者は「善いサマリア人のたとえ」を連想させられる。
 イエスは、律法学者が「隣人とはだれですか」と質問した時、たとえの話を語られた。祭司とレビ人は倒れている人を助けなかったが、サマリア人は手厚い介抱をして助けたというたとえである。律法学者の関心は「隣人の範囲」であった。しかしイエスはその問いに答えず、「隣人になる」ことの大切さを告げられた。
 「隣人となる」ことは、韓国併合百年となる日韓関係においても、大地震が発生したハイチに対しても、私たちの身近な人間関係においても大事な課題である。「善いサマリア人のたとえ」は、地球上のすべての人が「隣人の範囲」の中にいることを教えてくれている。 山下慶親牧師

2010年2月1日月曜日

倜儻不羈なる青年たちの息吹(霊)」 (コヘレト12:1-2; 使徒1:44-48)1月31日説教

同志社の創立者・新島襄の遺言に、「倜儻不羈」(てきとうふき)という言葉がある。自分の考えをしっかり持ち、束縛されない自由なあり方である。奉教趣意書を書いて署名し、同志社で最初の卒業生となった熊本バンドはまさにそのような人々であった。
現在、多くの学生が同志社で学ぶようになっており、11月の創立記念日や1月の新島召天記念日には早天祈祷会を行って、同志社の使命を確認し続けている。
 新島と熊本バンドの出会いは実に幸いであった。新島はアメリカの大学で学位を取得した最初の日本人であった。しかし熊本バンドは臆することなく、先生の新島を批判した。と同時に自分たちを受けとめてくれる新島の姿に惹かれた。
 初代教会と熊本バンドには共通する息吹(霊)が感じられる。どちらも迫害や反対に屈することなく、信仰や信念を貫いていったからである。私たちも同じ息吹によって生かされている。現代における使命を分かち合っていきたい。 同志社大学神学部 原誠教授

2010年1月26日火曜日

「難しすぎない戒め」 (申命記30:11-20)1月17日説教

 入試のシーズンである。受験生は「狭い門」から入ろうと努力している。イエスは「狭い門から入りなさい」「命に通じる門」は狭くて細いと言われたが、受験生が学力を問われるのと同じように、信仰者は聖書やキリスト教の知識を問われるのだろうか。
 金持ちの青年が永遠の命についてイエスに尋ねた話がある(マタイ19:16-22)。青年は高尚な知識や難しい戒めこそが大事だという思い込みをしている。しかしこの問答の直前では、イエスが子供たちを招いて、「天の国はこのような者たちのものである」と言われたことが書かれている(3福音書に共通している)。天の国で永遠の命を得るために重要なことは、頭の中身ではないということである。
 申命記では神の戒めが「難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものではない」「御言葉はごく近くにあり、あなたの口と心にある」と告げられている。難しく考えすぎることなく、天の国の門を通り、永遠の命へと向かう信仰生活が送れるようでありたい。 山下慶親牧師