2010年10月27日水曜日

(創世記8:15-22)「人のゆえに」10月24日説教

教会暦では新しい1年が始まり「降誕前」の期節に入った。イエスの誕生に備える、その最初に、原点に立ち返るように創世記から示された。有名な「ノアの箱舟」の物語。「地上に人の悪が増し」、主は「人を造ったことを後悔し」(6:5-6)た、とショッキングに始まったこの物語は、「人が心に思うことは…悪いのだ(8:21)」と閉じる。

これでは何の救いもない物語に思えてしまう。しかし神は、21節ではっきりと「人に対して大地を呪うこと」も「生き物をことごとく打つこと」も、「二度とすまい」と約束される。
すなわち「お前たちがどうであれ、わたしは変わらずお前たちを見守り続ける」との救いの約束なのだ。これを聞き逃してはならない。

ノアも、この神の約束に信頼して、徹底的に服従し、また何よりもまず礼拝を第1にした(20節)。「主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。(7:16)」ノアにとって背後に閉ざされた戸は「救いの戸」となった。しかし他の者たちにとっては、その前方にあって閉ざされた拒絶の戸となった。私たちにとって、それはどのような戸となっているか、常に確認しつつ歩みたい。そのためにも、ノアが礼拝を第一としたように、礼拝を中心とする事を確認しつつ、新しい教会暦を歩み出したい。難波信義牧師