宗教改革記念日に当り、私たちの課題であるReformingの原 点を思いつつ聖書から学びたい。ヨハネ伝の冒頭は、「キリスト賛 歌」或は「ロゴス(言)賛歌」として有名な箇所である。リズミカ ルな語りを通して、言=神、言=イエス・キリスト、イエス・キリ スト=神と三段論法のように畳み掛けて強い印象を伝える。「初め に言があった」は創世記の創造物語を想起させ、被造物に先立つ 言、即ち世界に先立つ神の意志、またキリストの先在を伝える。
そ して言が語られた後にそれが働いて被造物が形作られたことは、神 の被造物への思いを新たに気づかせ、応答すべき人間のあり方を問 うている。言に宿る命と光との表現は、私たちが神の意志と働きか けに応え、神の光を照らし返すこと、この世に於ける証し者として 生きるように動き出すことを促す。「言は肉となって、私たちの間 に宿られた」はキリストの受肉を語る。キリストは人間の形として 私たちにより分かりやすく語られる神の言としてこられ、独り子と して、そのお姿、言葉、生き方を以って、神の意思を伝えられた。
キリストを受け入れたものは少数であり、そのことがイエス・キリ ストの生涯の苦難をもたらしたが、救われて神の家族として受け入 れられたキリスト者の責任をも鮮明にする。神の一方的な恵みで あったキリストに寄り添われながら、私たち信仰者も言葉を行いへ と示さなければ。 棟方信彦牧師