2010年1月4日月曜日

「命の息を吹き入れられて」(創世記2:4-25; エフェソ2:1-10)10月4日説教

創世記の二つ目の創造物語では、神が陶芸家のようにアダムを、外科医のようにエバを造り上げている。一見幼稚なこの創造物語には、三つの鋭い洞察がある。
第一は人間が土の塵から造られていて、やがては土に返ることである。人間も動物も変わりはない。第二は「命の息を吹き入れられて生きる者となった」ことである。多忙で「息切れ」しがちな私たちは、「安息日」の礼拝で「息継ぎ」をし「息を吹き返す」ことが必要である。第三は人間が罪を犯すことである。アダムとエバは禁じられた木の実を食べただけでなく、アダムはエバに、エバは蛇に罪の責任を転嫁した。園の木の間に顔を隠した2人は息苦しかったことであろう。罪は人間を窒息させるからである。
  パウロは、エフェソの人々が「以前は過ちと罪のために死んでいた」が、今ではキリストによって生かされていると言う。私たちは「神の作品」(口語訳)として、命の息を呼吸しながら、土の塵に戻る日が来るまで、「善い業を行って」信仰者の生涯を全うしていきたい。  山下慶親牧師