2010年10月9日土曜日

(マルコ14:12-26)「主の晩餐」9月19日説教

イエス殺害計画が着々と進む中、イエスは弟子たちと「過越の食事」をされる。世に言う「最後の晩餐」の場面である。そもそも「過越の食事」や「除酵祭」は、エジプト脱出の出来事(出エジプト記12章)を思い起こし、神の救いによって奴隷状態から解放したことを記念する祭りである。

神から与えられた自由・その神への服従を再確認し、さらにその証しとして同胞(隣人)への愛を決意する時・すなわち、虐げられた者たちが、虐げる者にならないための祭りなのだ。まさにその時に、イエス抹殺の陰謀が進行する。何と皮肉なことか…。しかしイエスは言われる。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。(24節)」と。「過越」の出来事に象徴される「身代わりの小羊」だが、今、イエスご自身が「小羊」として十字架へと向かわれる、その事が示される。

イエスの十字架・イエスの献身(文字通り「身を献げる」)によって初めて、私たち人間は救われ、解放されるのだ。「わたしの体(22節)」「わたしの血(24節)」としての主の晩餐(すなわち聖餐式)である事を再確認しつつ、この契約によって救われ、導かれ、生かされる「私」である自覚をもって、感謝して歩む私たちでありたい。      難波信義牧師