2011年8月17日水曜日

(使徒言行録2:37-47)「一つにされて」6月26日礼拝説教

聖霊降臨直後のペトロの説教を受けて、それを聞いた人々の反応が描かれる場面。ここから2つのことを考えたい。
まず「教会の構成メンバーについて」である。それは「心を打たれ」た(37節)者たちである。しかも「ペトロの言葉を受け入れ…3千人ほどが仲間に加わった(41節)」とあるように、イエスの復活の証言を聞いて「心を打たれ」た者たちの集まり、それが教会の構成メンバーと言えるだろう。

もう一つは「教会とは何をするところか」である。それは「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった(42節)」との言葉に集約されている。単なる社交的な「おつきあい」ではなく、「神の家族」としての交わりであり、「私」のため・「あなた」のため・「教会」のため・「社会」のために熱心に(本当に熱心に)祈る…、これが「教会の姿」なのである。

この前提に立つ時「民衆全体から好意を寄せられた(47節)」と言う言葉がメッセージとして響いてくる。現代の私たちは「どうやって伝道を?」と思い、考えてしまうが、「主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされた(同)」のだ。この神の導きに信頼しつつ、私たちも、関係性を大切にしながら歩みたい。
                   難波信義牧師