2012年12月13日木曜日


「良い羊飼い」(ヨハネ10:1-11) 9月16日説教要旨

羊飼いと羊の関係は、聖書の世界では生活体験そのものであったが、ここではさらに旧約時代から受け継がれてきた神との関係、その信仰の豊かなイメージがある。「主はわたしの羊飼い(詩編
23編)」と歌われてきたように、羊飼いと羊の関係は神と人間の関係なのである。

この前提の中で、「わたしは羊の門である( 7節)」「わたしは良い羊飼いである( 11節)」とイエスは言われる。とても理屈では成り立たないのだが、イエスの豊かさ・恵みは、人間の常識を越える。
羊を取り囲む世界は、決して平穏なものではなく、常に危険に満ちている。「盗人」「強盗」「屠ったり」「滅ぼしたり」が現実なのだ。この現実の中で、羊にとって本当に大切なのが「囲い」であり、正
しい「門」なのであり「救われる」ための、「命を受けるため」の「門」なのだ。

そのような「囲い」と共に、同じくらい重要になるのが、どのような羊飼いに導かれるか、という事である。そこでイエスは「わたしは良い羊飼いである」とも言われる。その根拠は「羊のために命
を捨てる(11節)」からであり、ここに十字架の贖いの恵みが示される。
難波信義牧師