2012年12月13日木曜日
「光の子として」(エフェソ5:6-20)9月2日説教要旨
他宗教・他文化の中にある港町エフェソの、少数派キリスト者に宛てたパウロの手紙の一部が示された。
パウロはここで、「異教社会にあっても、神に従順に生きなさい」と記す。特に「あなたがたは、以前には暗闇でした(8節)」とはっきり言う。これは、私たちの過去を完全に否定するような言葉であり、
思わず不快になってしまう。
しかしこれは、パウロ自身の改心体験(使徒26:12以下)を通した、核心を突いた言い回しである。「あなたがたは、以前は暗闇そのものだった。しかし今は主に結ばれて光となっている」と、徹底して「暗闇」と「光」を区別して論じるのである。以前までの「罪(闇)」の中にあった自分が、悔い改めを通して、神の光によって照らされ、すべてが明るみに出される(14節)。だからこそ悔い改めを通して、しっかりと立ちなさいと、ここに記すのである。
「光の子として歩みなさい(8節)」と言う。「光の子」である以上、私たちが光なのではない。光は神であり、イエス・キリストなのである。私たちは「主に結ばれて(同)」初めて「光の子」になる。
だからこそ「何が主の御心であるか(17節)」を常に覚え、常に考え、歩みたい。
難波信義牧師