2014年6月4日水曜日

先 週 5月25日の 説 教 要 旨

「悲しみが喜びに」

(ヨハネ16:16-24) 難波信義牧師

「あなたがたは悲しむが、その悲しみ
は喜びに変わる(20)」とイエスは語ら
れる。特に「しばらくすると、あなたが
たはもうわたしを見なくなるが、またし
ばらくすると、わたしを見るようになる
(16)」とも言われ、これらはつまり、主
の十字架による死と、復活の出来事を示
している。それは確かに、弟子たちにと
って辛く悲しい出来事であった。しかし
イエスは復活された。さらにその十字架
が示すのは、全ての罪から贖い出す救い
のしるしである。このようにイエスの十
字架の悲しみは、そのまま、救いの喜び
へと変えられた「。あなたがたは悲しむが、
その悲しみは喜びに変わる」とのイエス
の言葉の意義はここにある。
私たちが地上の生涯で味わう悲しみも
同じである。確かに、悲しみのただ中に
いる時は、他の何も見えないほどに、そ
の悲しみに囚われる。しかし復活の主イ
エスと出会うなら、それらが全て「しば
らく」の間のことであることを知るので
ある。さらにここでイエスが「産みの苦
しみ」を通して語るように、確かに生き
る上での悲しみや苦しみはあるけれども、
それらは次につながって行く悲しみ・苦
しみなのである。それらをふまえて「あ
なたがたは悲しむが、その悲しみは喜び
に変わる」と言われるのである。ここに
希望をおいて歩む私たちでありたい。