2014年10月16日木曜日

10月5日 の 説 教 要 旨

「ユダの裏切りと主の晩餐」
(マルコ14:10-25) 難波信義牧師

イエスへの裏切りを企てたユダは、そ
の後、素知らぬ顔で仲間の所に戻り、主
の晩餐の席に着いた。しかしイエスだけ
はその事を知っていた。にもかかわらず
「あなたがたのうちの一人で…わたしを
裏切ろうとしている(18)」と、敢えて
名指しされなかった。これはイエスらし
いやり方だと思う。イエスは純粋にユダ
の事を思って、名指しされなかった。
ユダが着いていたその食卓が何である
かは、22節以下に示される。イエスは
パンを裂き、「取りなさい。これはわたし
の体である」と言われた。イエスの体は、
私たちの罪の赦し・贖いのために十字架
の上で裂かれた。さらに杯を取り、「わた
しの血、契約の血である」と言われた。
私たちを、神との特別な関係に置くため
に・招くために、血を流されたのである。
このように、主の食卓とは、神の愛と赦
しが、共に囲む一人一人に手渡される食
卓なのである。
ユダが素知らぬ顔で食卓に着いたよう
に、私たちも素知らぬ顔で席に着いてい
る。しかしユダの全てをキリストがご存
じであったように、キリストは、私たち
の全てご存じの上で、私たちを愛してく
ださるのである。ここに立ち帰り、罪の
赦しを自覚して、歩んで行きたい。